確か、アネモネを初めて植えた年は、まだ花を咲かせるのに肥料がいるということがあまり分からずに、1回こっきり美しい花を楽しんだ後、それは枯れて、終わったんだっけか。
今年の春で4年目を迎えるハコニワが、
少しづつ、少しづつ経験を重ねてそのうち肥料を欠かさずにあげることで、花は大きくたくさん長く咲くというのを覚えた。
何もかもが当たり前になる日がきっと来るんだろう。
その頃も、あの頃も、わたしが花を必死で植え続けたのは
この世界に命を繋ぐためだった。
明日が来ることをひたむきに祈り、明日も生きていられるように。
そのために、世話をする何かが必要だったんだ。
そして、その理由は、必要なくなった。
多分死ぬその日まで、その理由はもう必要ない。
でも花を植え育てることは、たくさんのことをまだまだ自分に教えてくれる。
肌に伝う空気の冷たさや
吹く風のこと
気温の変化や水や土で、それは常に、調和に向かって匙加減を探していて、
チューリップの球根が全滅した鉢の隣で、全ての芽を出したチューリップが
少しづつ背丈を伸ばしてくこととか。
人生には
全てがめちゃくちゃに壊れて失敗することもあれば
その横でひっそりと静かに育つ何かがある。
ハコニワにその縮図がぎゅっと詰まっている。
今日もその庭を眺めながら、玄関を彩る花をくぐり抜けながら春を待とうとそう思った。
退化しているようにも見える時こそ、きっと進化を続けてる。
自分なりの答えを、この人生できっと出せるように。

世界中に愛と癒しが行き渡り、みんなが支え合って生きてゆけますように💕



