朝、1階から悲鳴と鳴き声が交互に聞こえてきて、息子のパニックになった様子に焦って階段を駆け降りた。
キッチンでは、タオルが燃えていた。
朝から具合が悪かったので寝ているつもりだったのが、その母のためにお茶を淹れようと湯を沸かしてくれていたところ、大人でもちょっと難しい、ホーローのケトルの持ち手を、火傷(やけど)しないようにタオルで包んで持とうとしたときに、火がついたのだった。
幼稚園児と2人で一緒に暮らす小学一年生は、その面倒を見ないといけなくて大変だ。
まだ1人で何もかもができるかといったらそんなわけもなく、幸いその幼稚園児はまもなく39歳になるところで、さっと水をかけて火を消して、息子を抱きしめた。
その、怖い気持ちはわたしが日々味わっているもので、痛いほどよくわかり、家に大人がいない恐怖を朝からふたりで十分すぎるくらい味わったのだった。
昨日実家の母がきて、「嫌味でもなく、ナントカでもなく言うんだけど」という前置きのもとで
「電子レンジを買ったらどうかと思って」と言ってきた。
正月に帰省していた妹もまた、
食事まわりで大変なことが多いみたいだから、電子レンジを誕生日に買おうか?おく場所が無かったら、一緒に片付けてもいいし
とまで言ってくれた。
今までいろんな人に
「電子レンジを買ったら」と言われてきて
電子レンジが昔から苦手なわたしは、これまで1人では無くて事足りてきたのが、家にたくさんの人が出入りして家事や食事の準備をするようになって
いよいよ朝からボヤ騒ぎも起こり、買うことにしたのだった。
電子レンジを買うことは、自分のためじゃなく
そばにいるみんなのためだ。
電子レンジが家にくることを思っただけで
ことばにならない想いが、目から涙がポロポロと溢れて
いつか、自分の身体がとても楽だった、ベジタリアンという生き方を
日本に帰って暮らしたときに
家族や、大事なひとたちと一緒にご飯が食べれずに
長い間、苦しんだ時期
最後
「お肉を、食べよう」
そう決めて口にした日
あの日と同じだ。
わたしがベジタリアンを辞めたのは、自分よりも大切なものが
あったから。
電子レンジもまたきっと
そういう役割で、この家にやってくる。
人生で初めて、わたしは電子レンジを買う気がする。
タオくんや いつかまた山下さんがこの家に戻ったら
たくさんの人がそれを使えるように
なったら嬉しい。