たとえば自分と似たような味覚をもつひとに、
料理をふるまうことはすごくシンプルで楽だとおもう。
それでは自分とはまったく違うであろう、味覚やバックグラウンドやこれまで食べてきた食事や、体調や年齢や国籍まで違う、
その、誰かが「おいしい」と感じるものをつくることは?
そしてさらに、「おいしい」だけじゃなくて、
なにかを、もたらすもの。
わたしは、きっとそういう風にずっと、料理をしてきたんだろうとおもう。
だから、わたしは、誰にでもなれた。
なにものにもなれた。
自分では一度も食べたことのないごはんを、食べて育ってきただれかの舌を想像し、
そのひとの身体や顔や、表情や声をきいて、
今何が足りなくて、何が多すぎるか、そういうのを
なんとなく察知することができたのだろうと思う。
いま、ギフトという香りをブレンドするときに、
同じやり方で、つくる。
たとえばその香りが、今の自分にしっくりこなくても、
送るクライアントさんのことをおもって、
その中にすっと入ると、それは必然的にうかびあがってくるかんじ。
なにかを、もたらす、というのは、
そのひとが、最初いっしゅん、あれ?なにか違う、と
嫌な感じを感じても、それが身体と感覚に取り込まれたときに、
調和して化学反応がおこるということ。
たべるものでいうと、例えばだけど、
ちょっといつも食べてるものより味が薄いな、と感じても、
じっと食べることに集中することで、むしろ味覚が戻ってくる、とか
そういうこと。
それを、わざとやる。
自分がいつも、ゼロになって作るなにかは、
きっとちゃんと、とどく☺️

世界中に愛と癒しが行き渡り、みんなが支え合って生きてゆけますように💕



