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トムヤムクンの終焉

ある時期まで、トムヤムクンを追求していた時期があって、マンハッタンのカジュアルでおしゃれなカフェみたいなタイ料理屋から、クイーンズのウッドサイドの駅を降りて一本向こう側に入ったところにあって 何度かデートで行った気取ってるけど垢抜けてないインテリアのタイ料理屋から、いわゆるNyの中華テイクアウトの王道みたいな安くて小さくて小汚くて透明の扉に「no msg」と書かれたシールが貼ってある店と同じ風貌のテイクアウト専門店から、タイ料理屋というタイ料理屋をまちかどで見かけるたびに、トムヤムクンを食べ続けた。

トムヤムクンというのはエビ入りの酸っぱくて辛い赤いスープのことで、店によって入っている野菜は違うけど、大抵細く切ったたけのこみたいなやつと、ヌルッとした日本では見かけない小ぶりの亀頭的な形をしたキノコが入ってる。

半分にスライスされたキノコは、すごく両生類らしくて、トムヤムクンだけにはそれが入ってるけど、通常ちまたに出回ってるわけではない野菜が、ある特定の料理に必ず入っている、という秘密基地的な感じが好きだった。

店によって味とかバランスは色々だけど、だいたいが同じ味なのは、最初からトムヤムクンのペーストというものが売られていて、それを使って作るスープだから。

つまりお好み焼きとかたこ焼きが、だいたいどこで食べても同じ味がすることと似てて、お好みやきのソースやたこ焼きソースを一から手作りするひとは少ないことと同じ。

中華系のスーパーに出向くと、いくつかのタイの食品会社からトムヤムクンのペーストが売られていて、それを自宅に買って帰って、エビとかコブミカンの葉っぱとかパクチーとか具を入れて、その瓶詰めのペーストを味噌しるみたいにして溶かすと、それは出来上がる。

そのヌルッとしたキノコの正体は、名前は忘れちゃったけど生で売られてるものじゃなくて、すでにそれ用に缶詰とかになって出回っていた。日本ではあんまりみたことがないけど、トムヤムクンの瓶詰めペーストと同じ陳列棚かまあまあ近いコーナーでそれを見かけた。

普通の生にマッシュルームとかを買ってきて入れてもいいのだけど、そうすると、ニューヨーカーが作ったトムヤムクンみたいになってちょっとダサい。から、ちゃんと汚い中華系スーパーに行って、いつ仕入れられたか謎のタイ料理コーナーからリアル食材を調達して、そして作るのがよいと思う。

ちなみにわたしが熱心に研究していたのは、トムヤムクンというのは美味しいのだけど日本人には辛すぎるから、なんとかそのトムヤムペーストを減らして、なおかつ風味や味を落とさずにベストバランスを見出すことだった。

ただ薄くするだけだと、シャビシャビで薄汚い不味いスープが出来上がるが、正規量を入れると辛すぎる。

そんな時にお役立ちだったのは、同じ瓶詰めの陳列棚から発掘した、いろんなペースト調味料だった。なにに使うかわからないけれどエビを発酵させたドギツイ感じの調味料とか、ココナツミルクとか、そういうのを組み合わせて、酸味が足りなかったらライムの果汁を足すとか、タイ料理屋で食べ続けるのと合わせて家で色々実験を続けた。

トムヤムクンというのはそもそもがエビのスープなので、味付けのペースト自体に魚介の発酵調味料が使ってある。

その頃ビーガンとベジタリアンとローフードを研究してたこともあって、なんとかあの味を動物性のもの抜きに再現でいないものかと思ってたらしい。

野菜の酸っぱくて辛いスープだけなら簡単だけど、あのクセのある風味をエビ抜きに再現できたら、良い発明になる。当時少なくともヴィーガンのタイ料理屋はNyにあまり無かったのか、とりあえず自作で色々ためしていた頃だった。

ところで、そのトムヤムクンへの飽くなき愛が最後終焉を迎えたのは、一回全身が痒くなって病院と噂の鍼灸師を訪ねたときに、「熱、こもってるねー。辛いもの、辞めなさいね」とさらり言われたことだった。

タイ料理屋を見かけるごとに、トムヤムクンをものすごい頻度で食しているということを爺さんに嬉々と伝えた。

看板も出てないけどあそこのacupuncture はゴッドハンドだという噂を聞きつけ、駆けつけるようにしてコリアンタウンの近くのビルを訪れた。

爺さんの施術は多分紛れもなく神の手であって、鍼を打ってもらったあとに全身指圧をしてもらって帰るんだけど、ある日わたしの全身を文字通りチェックして、性器のキワキワまで丁寧に押してくれたあと、弱ってるからちゃんとマッサージしなさい。と言われた。

当時はなにが起こっているのかよくわかっておらず、一瞬「これは警察に届ける類の出来事なのか?」と思ったんだけど、今から思い返すと爺さんはとても純粋に、分け隔てなく私の気のエネルギーをみてくれていた。

ニューヨーカーになりきれていなかった軟弱日本女子だった私は、軽く身の危険を感じてそのあと行くのをやめちゃったんだけど、今から思えば面白いから性感マッサージのオマケつきと思って続けてたら新境地が拓けてたかもしれないなあと思う。

わたしのニューヨークの、トムヤムクン熱の終焉は、膣の脇と性器の筋肉痛と、何人かもよくしらない(多分中国人)爺さんからの「で、こういうところを押してくれる彼氏などはおらんのか?」という一言にて幕を閉じた。

それからはほとんどトムヤムクンを食べてない。特に恋しくもならないけど、あのヌルッとしたかわいいキノコの思い出だけは今も愛おしい。

結婚する前だったことは確かだけど、その時彼氏がいたのかどうか、よく思い出せない。

Hello! It's Mai.

世界中に愛と癒しが行き渡り、みんなが支え合って生きてゆけますように💕
Mai

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