日〇紅茶の100bag、いやーまずいわー。
香りがない。
というコメントが告白室に届いた。
紅茶は濃い茶色をしてる。
烏龍茶も、濃い茶色。
わたしもいつまでかはそういうもんだと思っていたのだけど、
数年前お茶好きの人と結婚したときに、中国の緑茶とか、台湾の紅茶とか
いろんなお茶を飲ませてもらってから
これ、紅茶なの?という緑茶みたいなやつとか、
これ、烏龍茶なの!?という緑茶みたいなやつにめぐりあってから、
それはもうお茶ってこんなに美味しいもんだったのか。と知るようになった。
いまは、緑色の紅茶と、中国の緑茶がとくにすき。
どちらも、わたしたちのしってる「緑茶」とは違うけど、
日本のお茶の感覚てきにいえば、
それは、緑茶でもなく、紅茶でもなく、烏龍茶でもなく、
でも、
とてもよい香りがして、
こころゆくまで日々は豊かなものだったということを
思い出させてくれる。
なんというか、高級食材とか美味しいものを食べるのもすきなんだけど、
お茶の良いところは、
味というよりかは「香り」を体に取り込む作業だ、という
その、物理的に存在しているようで、透明なままでいられる存在感が
空気をいっしょうけんめいつかもうとするような感じ。
とても粋だとおもう。
それは高級レストランに行って美味しいものを食べたときの満たされた感じよりも、
どこか世界の絶景と呼ばれる場所で、
みたことない景色を目にしたときの感じのほうが近い。
お花とかもそうだけど、腹はふくれないし、
手間はかかるし、お金はかかるし、
ぜんぜん実用的じゃない。
けども、それは精神を潤すのにとても役に立ち、
ときどきそれを、
「愛」と呼んだりする。
のみもので、そういう嗜好品って
ほかにはお酒とかワインとかもあげられるけど、
アルコールはもう少し、身体に直接影響があるし、嫌いじゃないけど
日常的には weight too much (ちょいと良すぎる)感じがする。
コーヒーもまた、追求するとどこまでも奥が深い世界だろうけれど、
同じく胃に負担がかかりすぎる。
その点、質のよいお茶は、「摂りすぎて」困ることが少ないし、
ふつうのお茶に交えて、ときどきそれを差し込むことで
とても簡単に、とても豊かなきもちになるのと同時に、
いろんな感覚を呼び起こす練習になるはずだ。
今朝のんだのは、
ダージリンのファーストフラッシュ、サングマの2017年のやつ。
名前やら、お茶についての知識はからっきしのわたしなので、
あんまり知らぬまま適当にすすめてもらって買う。
そのなかで、
「わー!これ美味しかったわあ!」というのだけメモして残しておいて、
つぎにどこかのお茶屋にいったとき、
同じようになにも知らぬままに、
「美味しい、緑色の紅茶が好きです。」
とだけ伝える。
そうするとお茶のプロフェッショナルのひとたちは、
あゝ、といわんばかりにニヤリ嬉しそうに、
「これが今年採れた、なんとか農園のファーストフラッシュで」
と店に並んでない裏とかから、
いろいろ出してくれる。

ちなみにこれはシンガポール空港。
お茶好きのひとは大抵、フレーバーのついた土産用の箱入りには目もくれずに、
うしろにずらっと並んだ缶缶から、直接匂いをかがせてもらう。

世界中に愛と癒しが行き渡り、みんなが支え合って生きてゆけますように💕



