Keywords女神の台所

レシピのない、レシピ本

今朝はタロウと話せてよかった。いくつかの料理にかんする記事を読んでもらって、整理する。

結局、レシピ本らしくするのか、それともエッセイっぽくするのか、ということからはじまって、コンセプトなども一緒に話す。

本のことは最終的には編集のひとに相談するしかないという結論には達したけれど、自分としては、これまでじぶんの文章について意見をもらうっていうこと自体怖くてしかたがなかったから、

とにかくタロウからとても客観的なアドバイスをもらえることはすごく進歩。

 

自分のなかに、書くを通してアウトプットするときのいくつかの人格が、どう統一していくかとか、ずっとその距離感がわからなくて苦しんだ時間。

いまもまだ、完璧につかめたわけじゃないけど、客観的に、「こういうのはよくない」としっかり言ってもらえることで、たくさんのことに気づいていける。

自分のなかで、年内には編集のひとに見てもらうと決めたけど、タロウにいちおう締めきりをつくてもらった。

みなこさんが税務処理と経理をいまたまった分を片付けてくれてる間に、自分も集中して書くことにあたる。1人でいると、ほとんど自分がどこにいるかわからなくなるけれど、こうして誰かと話すことで、どんどん自分が浮かび上がってくる。

それはそれはありがたいこと。

 

いくつか二人で、キーワードをひろっていった。

 

伝えたいこと、本の中枢にもってくるもの。

 

料理は、自由だぞっていうこと。

それはとても本当はすごく、たのしくて嬉しいことなんだよってこと。

うそで塗りたくられた、日本のベジタリアニズムやヴィーガニズムへ切り込んでいくことや、食べることの本質へとひとびとを導いていくこと。

すこしづつだけど、ずっと、やりたいやりたいと思っていたけれど身動きがとれなかったところに、光がさす。

 

料理に関しては、タロウのほうがキャリアは長いし、わたしよりも料理が好きなのはタロウだった。いまは奥さんのために毎日作ってるみたいだけど、わたしと暮らしていたときもずっと作ってくれていた。

 

わたしは店で料理をするのも嫌いだったし、家でときどき作るのは好きだったけど、あんまり料理は好きじゃないから。

でも食べることは好き。あとはおやつを焼くのは好きだと思う。

 

わたしは、ごはんを作るのが嫌いなひとに、自由になってほしいと思ってる。

食べることは、自由なことなんだと。

それは、生きているということそのものなんだと。

 

 

いつか、朝おきぬけに差し出されたみそしるのなかに、ウォールナッツが入っていたことがある。

タロウは、わたしにいろんなことを、与えてくれたひとだ。

 

 

いただきます、と大きな声で言いなさいということも彼がおしえてくれた。

食べることは、きっとわたしを世界につないでくれると思う。

 

 

世界一幸せな食卓のこと。