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ママ、かめらもってきてないの?と言うから、忘れちゃったよといったら

「そうか、ママげんきないっていったから」と。

 

そのすこしまえに、わたしが写真をとってくれてすごく喜んで、写真とってくれると嬉しくて元気でるなあって

うれしがってたから、タオくんはママが元気なくなったら、写真とったら元気になるかなって思ったみたい。

やさしくて、涙がでる。

愛でできてるタオくん。

 

わたしがどんなにいじわるしても、ずっと優しいままでいてくれた。

いちどもそんなこと教えてないのに、いつもいつも、どうしてそんなふうに優しくいられるんだろうっていうくらいに

思いやりがあって、気遣いができて、優しい。

すくなくともわたしはタオくんくらいのときにはすでに、世界はまっくらで、だれのことも信用できずに苦しんでいた。お母さんは自分を愛してないとおもっていたし、誰かが優しくしてくれるよりも、傷つけられることから必死に自分をまもることで精一杯だった。

タオくんは、どんなにイヤなことをされたりイヤな人に出会っても、絶対にイヤな顔をしない。

本当に心底、愛するということを知っている人だ。

わたしが、「あの子最低だったね」と言っても、自分がものすごくいやなことを言われたのに、なにも言わない。

ただ、その瞬間瞬間幸せだったことや、うれしかったことや、綺麗だったものを

いつも見つめることが自然にできている。

 

まま、虹がでてるよ

まま、お花がさいてるよ

まま、お空がきれいだよ

といつも教えてくれるたおくん。

世界がすごくすごく優しくて美しいことを教えてくれて、ひとがみな、無実で、無垢で、誰も悪くなく、そして誰も自分のことを傷つけることはないことを知っているひと。

わたしは、空を眺めていたり、景色が綺麗だと感じていても、家族は誰も、そんなものに目もくれない中で育った。

それは、あたりまえだったし、そんなものに価値はないのだときっとわたしはそう思ったのだ。

だから今、タオくんに、足をとめて、いつもお花が綺麗だよと止まる時間が、どんな意味合いをもつのかなんて、一度も考えたことがなかった。

ただ、綺麗だったから足をとめたし、ただ、空が綺麗だったから、空を見上げてきたから。

 

たおくんは、私以外のひとにも、そうやって言うらしく、おじいちゃんがある日、タオくんがいつも空やきれいなものを見つけて「きれいだね」と言えるのは、お前の影響だな

と言った。

多分、おじいちゃんもおばあちゃんもきれいなものに興味がない中で、だれもそんな影響を与えたことがないと思ったからだとおもう。

 

でもタオくんのなかには多分、最初からそれがあって、わたしが教えたわけじゃない。

わたしは、ずっとずっと本当に孤独だったから、タオくんがきてくれて、いろんなことをそうして共有できて、いつまでもお花を眺めていたり、空を眺めていたりする時間をゆるしてもらえることが、ただそんなわたしを愛してもらえることが、とてつもなくしあわせなことに感じる。

わたしはこどもはみんな、タオくんみたいにいい子で、みんな誰かを信じたり、こんなふうに優しくしたり、恨んだりせずにただ愛する存在だとそうおもっていたから、

敵意をむきだしに、信じられないようなイヤな感情を相手にぶつける悪意で子供が普通に目の前で自分やタオくんを目の敵にしたとき、ほんとうにショックだったんだとおもう。

 

それでもタオくんは、幸せそうだった。

 

嬉しかったことを、わたしにきちんと伝えて、それ以外はひとつもなにも言わなかったし、これまでもタオくんはいつもそうだったなとそう思った。

 

だれかをただ愛することは、きっと誰にとっても簡単なわけじゃない。

すくなくとも過去のわたしには、すごくすごくむずかしいことだった。

でもいま、自分が自然にそうある中で、

だれのこともわけへだてなく愛することがとても自然になったなかで、

それを同じようにできるひとがこうしてずっとそばにいてくれることがなによりも嬉しい。

 

ひとはみな、優しいひとや自分に甘いひとを大事にして、そうじゃないひとは排除しようとする。

 

でもそれは悲しいことだ。

じぶんだけが楽で、だれかが傷ついても構わないという生き方は、悲しい。

 

 

今日みつけたちいさな虹は、まぼろしみたいにどこかへすっと消えた。

雨も降っていないのに、ふしぎだねえ。

とタオくんはいって、わたしもまた、地面にうつった小さな虹を足で軽くこすってみたけど、それは消えなかった。

 

なにかが反射して光ったその色が、ふっとすがたを消した時、

てんしがきたのかもしれないよ。とわたしは言った。

 

もうすこしタオくんがちいさかったころは、よくソヤのはなしをしていたから。

 

 

たおくんは天使を信じていないかもしれないけれど、たおくんのなかに天使はいる。

 

わたしは写真をとられることで元気になる。

それはすこし複雑で、まだ、誰にでもそのまほうがかけられるのかといえばそうじゃない。

 

だれかに愛されることは、こんなにも胸がくるしいほどにしあわせで、

だれかを愛することは、こんなにもあたたかくしあわせなことだ。

 

人生でもっともつらかったその時間に、かれは私のもとへやってきた。

 

まいちゃんを助けに来たんだよと。

なんどもいろんなひとにそう言われたけれど、それはそこなしに、深い愛のもとにそうなんだと。

 

かれがただそこにいてくれるだけで、わたしはわたしでいられる。